まっすぐに生きる、心の姿勢 第十一回目 「どう死ぬか」は「どう生きるか」を考えること: 2013

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皆さんはご自分の死について考えた事がありますか?無くなる直前に「ああすれば良かった。こうすれば良かった。」と後悔しながら今世を離れていく方々が沢山いらっしゃる事を、御存知でしょう。私がMakikoMethodを開発した一つのキッカケは、この後悔しながら死んでいくのが嫌だった事です。小学校2年生から6年生まで、多くの時間を苛められっ子で過ごした私は、中学に上がる直前に神様からのメッセージを聞いたのです。「泣くのは飽きた!」。誰が?神様が、私が泣くのを見るのは飽きたという事?つまり「楽しく生きれば良い。」と言うのです。

その時一瞬にして自分の中の何か – ベルリンの壁ならぬ、エゴの壁- が崩壊したのです。他人が私をどう見るかは、どうでも良くなりました。私の心が満足しているか、楽しんでいるか、幸せか・・・人生における興味が自分の外から内へ180度転換したのです。その時は、まだ子供ですから、その経験が将来何になるかなど知りえません。でも50歳を越えた今振り返ると、あの一言が私の人生という旅の指標になっているのが良く解ります。

最近あるクライアントに、「牧子さんは、アメリカ人と日本人の間なんですよ。」と言われて、「アメリカ人でもなく、日本人でもなく、岡さん家の・・・でもない自分は、どんな自分なのだろう」という興味に惹かれてここまで来た事を思い出しました。そう、MakikMethodの目指すは、何にも、誰にも影響されていない「真実の自分」。常に心あったのは、「自分は、どうしたいのか?」。その言葉は、以前御紹介した今は亡き父の声と重なるのです。

私は、やらないで後悔する方が、やって失敗する以上に恐いんですよ。後悔しながら生きている人達を見れば、その理由は一目瞭然でしょう。先ず不健康。そして常に不満でイライラしている。後悔に疲れてか、歳以上に老けて見える。しかもその疲れたエネルギーは周囲の人まで不幸にする。こういったパターンにはまったら、抜け出すのが一苦労・・・とあげたら限りなくマイナスの人生になってしまいます。

そのマイナスの人生も一つの選択だそうです。私の父が、彼の人生の後半にそうでした。「He was suffering well. (お父さんは、苦しむ人生を良く学んでいるのだよ。)」とは、私が悩んでいた頃、時々相談に行ったヒーラーの言葉。この言葉は、本当に目から鱗でした。父が苦しんでいるのが許せなくて苦しかった私にとって、それはまさにヒーリングでした。なんだか頭では理解できなくても、それまでの心の緊張が一期にゆるんで、諦めがついた感じでした。そう、時には諦めも肝心なんです。

なるほど、人生にはそういう選択もあるんだと納得した上で、後悔しながら生きるのは私には似合わないと確信しました。人生の全ての時と場において、自分が決定権を持っています。皆さんはどのような生き方を選ぶのでしょう。それがどのような選択であっても、最後までご自分の意志を貫いて後悔のない生き方をして頂きたいと思います。