ヒーラーになりたい人が、沢山いらっしゃるようです。
特にプロ、つまりお金をチャージするヒーラーという職業につくには、それなりの練習と言うか、トレーニングが必要です。
ただ知っていていただきたいのは、全ての人がそのネーチャーとして既にヒーラーである事です。それを本人がきちんと認識している事が第一歩でしょう。
例えば、お母さんという存在はそのお子さんにとってヒーラーです。夫婦は、お互いにとってヒーラー同士でしょう。お隣のおばさんも、道を行くお兄ちゃんも、自分の人生の中で出会う人達は、全員基本的にお互いのヒーラーです。
つまりヒーリングというのは、誰かが誰かに何かをする事でも、心地よくする事でもありません。
箱庭療法で有名な河合隼雄先生が、ある雑誌の中でこう書かれているそうです。
「・・・・・(あるクライアントの)言葉に「癒し」にかかわる人は、耳を傾けるべきである。それ(癒し・ヒーリング)は、そんなに甘いものでもないし、手軽に手に入るものでもない。」
「根本は、本人の自ら癒す力に頼るより方法がなく。治療者が「治す」事はできないということである。(本人は)深い苦しみや悲しみに直面していかなくてはならない。そのときにそれを共感しそこに寄り添ってくれる人(注、例えばカウンセラー)が居るか居ないかは、実に大きい違いである。・・・・・(あるクラインアント)は、「逃げ出さずに必死に生きよう」と表現しているが、クライエントにとっては、治療者が苦しみから逃げ出そうとしている自分を助けるのではなく、むしろ苦しみに向かうよう強制しているのではないか、と感じられる事さえある。確かに、あまりに強い苦しみや悲しみは直面すると潰されるので逃げた方がいいかも知れない。さりとて逃げてばかりでは事は進まない。このようなジレンマのなかで、クライエンとと共に治療者も立ちすくむような経験をする事もある。」
私はこの雑誌の抜粋を、柳田邦男さんの「生きなおす力」という本の中で読みました。
私がニューヨークで、その当時ほぼ90%がアメリカ人だったクライアントさんたちに「ヒーラー」と呼ばれるようになったのは、今から約12年前、まだピラテスのインストラクターだった頃です。
日本では、「癒し」とか「ヒーリング」という事が、流行っていた時代がちょっと前にありました。テレビの「オーラの泉」と言う番組が、有名になっていました。あれにあこがれて、未だに、多くの人がヒーリングに興味を持ち、ヒーラーになりたい人達が沢山いらっしゃるんです。
また、この番組の影響か、霊的現象を体験した事がある、またはそういう能力がある事がヒーラーだと勘違いされている方もいらっしゃいます。また、そういった事がとってもスペシャルだと思っている方もいますが、はっきり言ってナンセンスです。
そういう事が出来る事がナンセンスだと言っているのではなく、能力を持っているだけで正しい使い方を知らない事がナンセンスなんですねえ。
(続く)