人生は山あり谷あり、山の上に立っている時は誰でも調子が良い・・・・・と書きましたが、この山と谷の過ごし方について書いた、とっても良い本があるんです。
Spencer Johnson, M.D (スペンサー・ジョンソン医学博士)が書いた、
「Peaks and Valleys 」(山と谷)です。
英語ですが、薄い本でまるで童話のような書き方ですので、英語が読めない方も、ちょっと頑張って見ても良いかなあっと思います。
医学博士でもある彼は心拍の波に例えて、この人生の山と谷(アップ&ダウン)がある事が、普通の健康的な人生には必要不可欠なのだと言っています。
心拍のアップダウンを表示するグラフを使って、いかにフラットな人生(何も無い人生)が、生命力をくれないか、44ページに示しています。何て賢い表現方法なんでしょう!
そして、合間に時々何もない平穏無事な休憩時間があるのだとも言っています。
ただ、谷からなるべく早く脱出し、山の上にいる楽しい時間を長くするテクニックを学ぶと良いというのですが、このテクニックは私がMakiko Methodを作り上げていく過程で、私自信が学んできた事その物なのです。この本との出合いを与えられた時、ああMakiko Methodも、そろそろまとめの時間に来ているのだなあっと実感しました。
何時もそうなんですねえ。随分前に気がついたんですが、ニューヨークに来てからは、本当に神という物が存在していて、私の人生を上から企画しているんじゃあないかという事を納得させられるような人生なんです。
いろいろな体験と実践が先に来ます。そしてその後、それまでの体験によって学んだ事を論理的にまとめて、きちんと説明できるようになるためのドリルをさせられるといった、とても無駄のない順番になっているんです。
22年前にニューヨークに引越してから、勿論それなりに山あり谷ありだった私の人生ですが、本当に自分の人生が谷を向いていると言うよりは、心が詰まって満足できなくなったのは、役10年前でしたねえ。
初めは英語もチンプンカ~ンだし、知り合いは誰もいない、お金も無いという無いだらけでしたからねえ。でも、もう街を歩いているだけで、楽しくて嬉しくて、水を得た可愛い赤い金魚!でした。元々、元気ですけど、20年前のニューヨークは、さらに私を元気にしてくれましたよ。その当時、ニューヨークはまだ色々な顔がグチャグチャに集まっている、ちょっと危険な街でしたけどねえ。此処に住んでいる一人一人がピッと引き締まっていて、だからこそエキサイティングだったんですねえ。
もう私のニューヨーク生活については、それだけで本が一冊書けるくらい沢山のエピソードがありますよ。今振り返っても、本当に笑っちゃうような話ばかりですけどね。
それで、もう無我夢中で目に前に差し出された課題(谷ばっかり)を、次々にこなして、ほっと息をついたのが10年前って感じですねえ。
独立して、古くて汚い商用の共同ビルのとっても小さいお部屋で、自分のピラテススタジオを始めたのが2000年の1月1日でしたけど、その2年後に全然綺麗なビルのずうっと広い部屋に引越しが終わって一息ついた頃でした。
その時は、英語もとり合えず自分のビジネスが出来るくらいに上達し、勿論お友達も出来て、レギュラーのクライアントが沢山いて、金銭的にもかなり稼いでいました。忙しくて使う暇が無かったから、貯金が増えました。
初めに持っていなかった全ての物がそろって、うちのアッパーイーストサイドの成功したお金持ちのクライアントにも、「牧子、成功したねえ。」なんて言われてたんですから。
クライアント達は、アメリカ中に最低3軒はでっかい家を持ち、さらに運転手付リムジンは当然の事ながら、自家用のヘリコプター、ジェット機、ヨットなどを持っているようなレベルです。勿論、メイドやバトラーがいるのは当たり前。
ちなみにあのセントラルパークにあるローブ・ボート・ハウスをニューヨーク・シティに寄付したのは、私の当時のクライアントの御両親です。ノーベル化学賞を大昔に受賞された、今はロックフェラー大学の教授たち二人も教えた事があります。超有名電気会社の創業主が初めの御主人で、超有名大石油会社の創業者が2番目の御主人で、今は未亡人というブリティッシュ・アクセントの強い奥様に見込まれて、ピラテスを教えるだけでなくほとんどお友達になり、自分では払いえないかもしれないような場所にも、いろいろお誘い頂きました。
(まだ、続く。)